精神科看護「まごころ草とばいきん草」

精神科看護「まごころ草とばいきん草」

精神科看護に関する自分なりの覚書

映画 ビューティフル・マインド 感想

 

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私が感想を述べるのはあまりに力不足な気もしますが・・・。良い作品と知っていながら今日に至るまでずっと避けて来ていました。きっと泣き崩れるだろうと思っていたからです。

観た感想は、やはり泣き崩れました。絶望と屈辱、すべてを失う激痛、そしてリカバリーが見事に描かれた作品でした。

 

この映画はゲーム理論ナッシュ均衡等を発表した数学者、ジョン・ナッシュ教授を題材に描かれた作品です。

映画では、大学院時代から統合失調症が発症しており、大学院時代の思い出、MITでの仕事のこと等、現実と妄想が入り乱れ、何が本当かわからなくなっていきます。

院生時代のクラスメイトがまさか妄想の産物だなんて、当の本人なら絶対に思い至りません。私が今こうやって精神科看護師として仕事をしていることや、学生時代のこと、家族のこと、その全てが妄想だったとしたら・・・。その絶望感と喪失感で立ち直れる自信はありません。

精神科医のローゼン博士の「もし君にとって、一番大事なもの、大切なものが、消えたのでも死んだのでもなく、最初から無かったとしたら、どんな苦しみだと思う?」という台詞は、決して忘れてはいけない一文です。

 

作品の展開は、序章は院生時代の幸せな、そして後にわかる偽りが描かれていきます。

次にMITへの就職。*秘密の仕事*のこと、ロシアのスパイに追われる恐怖が描かれていきます。

そして、大きく話の舵が転回。それまで1時間ほどで語られていたことのほとんどは幻覚・妄想であり、そして統合失調症であるという事実。被害妄想が高まり、目の前に突如現れた精神科医を殴り倒してしまいます。

そして拘束・加療。腕にチップが埋め込まれたはずだと思い込み、保護室のなか、自分自身で左手を掻き毟る。

安静・投薬だけでは治療の展開が見込めないと判断され、今は使われていないインスリンショック療法を行われる主人公。

ちなみにこのインシュリンショック療法は多量のインスリンを注射し、仮死状態にすることで無理やり統合失調症を治療するという信じられない荒療治でした。

その後、妻と生活をしながら内服治療を続けます。当時の治療では定型薬をガッツリと入れる治療で、副作用も当然出ます。そこから、夫として、男としての尊厳を失っていきます。家でただ座って、薬を飲んで、頭の回らない中せめてもの矜持としてリーマン予想に手を付けていますが、副作用の鎮静が強く、頭が回らない。子どもの世話もできず、家事もできず、何もできず・・・。あまりの苦痛に自然と拒薬という選択をしていきます。

そして再燃。地獄のような暗黒のシーンです。気持ちと感情と行動とが全く噛み合わない自分。愛する妻、子どもも傷つける危険があることを認識します。再度入院し、さらなるインスリンショック療法を進められる展開になっていきますが・・・。

 

「入院したくない。全く新しい方法で、自分で治療したい・・・。」悲痛な魂の叫びが出ます。それを、妻は、覚悟を決め受け入れます。

 

「もしかしたら夢から覚める方法を知っているのはここじゃないかも。(頭を指す)ここかも。(胸に手を当てる) 私はこれから、奇跡を起こることを信じて生きる。」

彼女の覚悟のあまりの高貴さと強さ、胸の内の痛みや恐怖に共感し、泣きました。あまりにも辛い。あまりにも尊い

 

ここから話はリカバリーに展開していきます。かつていた大学には、当時クラスメイトでライバルであった友人が学長となっている。妻の提案で大学に顔を出します。

社会の一員として生活していく。知った場所で知った人と定期的に付き合っていく。それによって頭のなかにいる架空の人物を置い出していく。その一心で、複雑な思いを抱くことが容易に想像されても大学に通い続けます。

はじめは思い描いたように生活することなんてできません。幻覚はあまりにも切実に誘惑してきます。架空の友人とその娘が触れ合いを求めてきます。*秘密の仕事*の黒服の男は主人公を煽ってきます。ほらみたことか、バカにされている。変人扱いされて。これがお前が求めていることなのか。「現実じゃない!!」と振りほどこうとします。その悲痛な叫びは奇異な行動として見られます。その葛藤、もがき、あがき、苦しみは筆舌に尽くしがたい。だけれどもその中でも、自分でこの新しい治療を選択したという主体性、覚悟、希望と妻や学長のサポート、そして自分から病気を持っていて奇異な振る舞いをすることがあるという自己擁護ができていることから、軸がぶれません。苦痛はあれども、更に深く深く現実に接近していきます。

 

架空のクラスメイトと娘に、「さようなら」と愛をもって別れを告げ、手放すシーン。世界とのつながりを感じる力強さ。泣きじゃくる娘をそっとなでる主人公。もちろん、幻視ですからそこに彼女はいません。架空の空間を撫でているだけです。それでも、心の中に感じていることも事実。

別れは伝えても、幻覚・妄想は消えず、ストレスを糧に主人公を煽ってきます。

 

数年経ったある日、図書館でいつものようにリーマン予想を解いていると話しかけてくる生徒がいました。心の余裕を得られてきた主人公はまるで普通のことのように語り合います。そして、ごく普通に生徒らと輪になって語る後ろ姿。

リカバリーが成されたことを知らせる場面です。

 

そして、年数を重ねるごとに学者としての評価がされ、ついにはゲーム理論ノーベル賞受賞と至ります。これは、実話です。

 

 

リカバリーとしてみる本作品も非常に素晴らしく、様々に書き連ねましたが、さらに秀逸なのは妻との関係の描き方だなと感じました。

病気の夫を抱える妻は、幼い娘を育てつつ、育児、家事と一人で全てをこなしていきます。夫は闘病中で、頼れません。闘病中と言っても、タバコをふかしつつ日がな一日リーマン予想を解いている、といいつつ算数程度の計算しかしていません。

少し状態がよさそうだから夕方、ゴミだしをお願いしてみると、この時間にはいないはずの清掃員と話してきたと言います。ヒヤリとします。症状が再燃したのか。・・・実際は、たまたま本当に清掃員がいただけでした。夫が笑い飛ばしてくれたからいいものの、笑えない。

寂しさを感じて夜の営みに誘うも、拒否され、背中を向けてしまう夫。ぼそりと「薬のせいなんだ」と。・・・なんともやるせない。夫をもの悲しい気持ちにさせたことと、自分に対する複雑な思いと。

症状が再燃しているときは更に精神的に追い詰められます。叫び、娘を抱えて逃げるしかない。

本作品はリカバリー志向に向かっていくからいいものの、それまでの間、妻の思いは筆舌に尽くしがたい。・・・。

生々しさは本当にすさまじかったです。ただただ苦痛でした。苦痛を感じさせるほど、真に迫っています。統合失調症についてや、その家族について、特に夫婦について想像することが難しい人は、一度見てください。多くを感じることが出来ることを保障します。

喜怒哀楽全ての感情を激しく揺さぶる、まさに至宝でした。

 

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