精神科看護「まごころ草とばいきん草」

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精神科看護に関する自分なりの覚書

睡眠の科学 改訂新版 櫻井武 感想

 今日はブルーバックスの紹介です。普段医療書や看護書ばかりでしたが、ブルーバックスにもたくさんの英知にあふれていて、知の泉となっています。しかもお買い得。サイエンスコミュニケーション(アウトリーチ活動とも)の一環であると思いますが、本当にありがたいことです。私も新しい高校生物の教科書暗記しないで化学入門などにも大変お世話になりました。

 

 本著は、筑波大学神経科学者であり、睡眠物質「オレキシン」を発見した櫻井武先生の一般向け睡眠科学本です。前知識がなくても読みやすく分かりやすいよう配慮されていますし、コラムコーナーで専門用語の解説も端的に整えていますから、さらっと読めます。正しい睡眠に関する知識・作用機序が分かる非常によい本に仕上がっています。

 

本著は次の構成で進んでいきます。

第1章 なぜ眠るのか?

第2章 最新技術で探る「睡眠の正体」

第3章 睡眠と覚醒を切り替える脳のしくみ

第4章 睡眠障害の研究から生まれた大発見

第5章 オレキシンが明かした「覚醒」の意味

第6章 ヒトはどこまで睡眠をあやつれるか

第7章 睡眠に関する日常の疑問と、これからのテーマ

終章 なぜ眠るのかーー私の仮説

 

 今回は本著を4つの視点から感想を述べていきたいと思います。

 

睡眠の作用機序

 本著では分かりやすいように生理学的に睡眠の作用機序や発見・歴史等に至るまで解説されており、大変分かりやすくお勧めです。おおまかな睡眠の作用機序については、過去記事をご覧下さい。 

sakatie.hatenablog.com

 

 上記記事で記載した以外の睡眠への影響についても、本著では詳しく語られています。

 なにせ櫻井武先生はオレキシンを発見された先生ですから、食欲と睡眠との関係については第一人者。非常に分かりやすく興味深く語られています。

 

 以前、河合真先生の本を紹介しました。その中でもオレキシンが最もえらい!という話でした。

sakatie.hatenablog.com

 実際にどのようにえらいか、本著でも詳しく語られています。

 櫻井先生の考え方によれば、ヒトや動物は「眠っている状態がデフォルト」であり、食事や闘争、注意や生殖などのために「特別に起きている」ために、オレキシンを中心にして起き続けていると話されています。その起きている状態もそれぞれの状態に合わせ、例えば「危険を察知」するためにはノルアドレナリンでの覚醒で注意力を高めていたり、グレリンによってオレキシンを興奮させ、摂食行動に勤しんだり、ドーパミン系で情動を動かし、生殖行動や報酬系を刺激したり。ヒスタミンではありきたりな日常的な覚醒と表現したのは河合先生でしたね。

 このように、オレキシンを中心として覚醒をし続けているのが覚醒の仕組みになっています。

 

 次に睡眠の仕組みは大きく分けて2つあります。

 1つ目は、アデノシンです。脳内にアデノシンが蓄積することが睡眠物質の本命と語られています。アデノシンとはATPの分解物であり、神経興奮やグリア細胞の維持によって蓄積していきます。一定数以上のアデノシンの蓄積によって徐々に腹外側視索前野(VLPO)のGABA作動性ニューロンを刺激し、覚醒を促すニューロン全域を強く抑制していき、睡眠が引き起こされていきます。

 2つ目は、概日リズムです。概日リズムの仕組みは、視交叉上核(SCN)に約24時間サイクルでたんぱく質の転写等によってリズムが作られています。そのリズムに合わせてメラトニンが分泌されており、起床後14時間程度でメラトニンの分泌が促され、起床時に分泌がとまります。メラトニンが分泌され、濃度が高まるにつれて深部体温が低くなり、睡眠が引き起こされていきます。

 このような2つの仕組みを基本としてヒトの睡眠恒常性は維持されています。 

睡眠の意味・目的

 ところで、どうしてヒトは眠るんでしょうか。今までの進化の過程で睡眠をなくすことが出来なかった事から、生命維持に必須の機能と言うことは理解できます。

 睡眠時間を削ると、集中力の低下が著しく起こる事は経験則的にわかることかと思います。河合先生もヒューストン便りにて語られています。

日本臨床睡眠医学会:第9回 (恐怖の)アメリカパーティー失敗あるあると睡眠不足

 一説によれば24時間覚醒し続けている状態、すなわち徹夜状態ではビール大瓶1本飲んだ状態と同じレベルの認知能力の低下が認められるといわれています。

www.nhk.or.jp

 その理由は、脳内に老廃物が蓄積していくことが理由の一つになるかもしれません。

 人体にはリンパ系という導管ネットワークがあります。各細胞の老廃物は細胞外に排出され、細胞外液からリンパ系に乗り、老廃物が排出され適切に処理されていきます。

 しかし、脳内にはリンパ系がありません。ですが脳細胞も、れっきとした細胞であり、老廃物が生まれます。どのように排出されているのでしょうか。

 2012年、ロチェスター大学のマイネン・ネーデルガードらのグループが「グリンパティックシステム」を発見し、脳内にもグリア細胞リンパ系のような役割を果たしていることを明らかにしました。その仕組みはなんと、ノンレム睡眠中にのみグリア細胞が収縮し、脳脊髄液を循環させ、老廃物の排出を行っているというものでした。

natgeo.nikkeibp.co.jp

 また、不眠や睡眠不足はアルツハイマー認知症のリスクを高める等も言われており、睡眠不足は短期的には脳の機能低下、長期的には不可逆的な認知機能の低下をもたらすことが分かっています。さらには肥満や深血管疾患、糖尿病リスクの上昇も指摘されています。

 

 それとは別に、記憶も睡眠によって強化されることが分かっています。

 本著に挙げられている「回転図形描写課題」ですが、玉置應子先生が研究されていたものと思われます。私のリサーチ能力では残念ながら科研費の概要のところしか見つけられませんでしたが、要は本著にもある様に同じような図形課題を行い、睡眠によってゲームが上達したと言う驚くべき結果です。

KAKEN — Research Projects | 2007 Fiscal Year Annual Research Report (KAKENHI-PROJECT-06J08283)

 ヒトは、眠ることによって記憶が維持されるだけでなく向上もすることが示された結果です。このように、睡眠はヒトにとって有益なものだということが分かります。逆に、睡眠時間を削ったりなくしたりすることは不利益を被る結果になる事もわかりました。 

スリープヘルス

 そんな大切な睡眠ですが、どのように取り扱えばよいのでしょうか。本著のほかでは、現スタンフォード大学の睡眠・生体リズム研究所(余談ですが略称がSCNなんですね。)の所長である西野清治先生は下記の本で誰でも取り入れやすいように様々な方法を紹介されています。時間を見つけてまた記事にしたいと思います。

スタンフォード式 最高の睡眠

スタンフォード式 最高の睡眠

 

 例えば、よく眠気覚ましなどに飲まれるコーヒーですが、なぜ効果があるのかというと、カフェインがアデノシンの拮抗薬となるからで、アデノシンがGABA作動性ニューロンに刺激をし、覚醒系ニューロンを抑制することを制御するからだと述べられています。

 また食習慣に関連して、食餌同期性リズムの存在を指摘しており、食事をするために体が覚醒される周期を作ってしまうことがあると述べています。それにより、例えば毎日夜12時に夜食を食べていると、それを食べるまで眠れないようになったりするかもしれないと話されています。

 そのほか上記の西野先生が広められましたが、「睡眠負債」の話であったり、光刺激による概日リズムの同期であったりと様々に語られており、知見を広めることが出来ます。

 それらを踏まえ、自分自身の最適な睡眠について思慮考察を深めるのに良いお供に本著はなります。

臨床視点での感想

 さて、臨床ではどのようにこの知識を使っていくことが望ましいでしょうか。

 過去記事より画像引用です。

極論で語る睡眠医学 河合真 感想 - 精神科看護「まごころ草とばいきん草」

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 不眠を訴えている患者さんに対して、看護から確かめることが出来る部分としては、

・概日リズム

・恒常性

・睡眠環境

 の3つが主になると思います。

 まずWake sleep logが取れればとってもらうのが良いですが、その前に睡眠状況のインテークも欠かせません。

 

【概日リズム】

・眠れない時に携帯をいじる習慣はないか

・入浴のタイミングはいつだったか

・食事の時間と夜食の有無(習慣を含めて)

・決まった時間に睡眠を取ろうとしているか

・起床時や日中、強い光を浴びているか

等・・・

 

【恒常性】

・カフェインの含むものを睡眠前に飲む習慣はないか(カフェイン摂取後4時間は覚醒効果があると言われています)

・日中の仮眠状況(時間・頻度。30分以上の仮眠は睡眠の質を下げると言われています)

・日中充分な活動を行えているか

・年齢相応の睡眠を確保できているか

 等・・・

 

【睡眠環境】

・寝具の硬さ

・寝具は深部体温を下げ得る構造か(末梢血管が拡張し、放熱するのを妨げないか)

・光環境は500ルクス以下かどうか(文献的には見つかりませんが、体内リズムは光刺激が直接影響しています)

・布団の中で読書やゲーム等する習慣はないか(布団が睡眠の場所となっておらず、覚醒に傾く可能性がある)

等・・・

 

 などなど。さらっと挙げただけですからもっと色んな可能性があると思いますが、それぞれについて患者さんと一緒に考えることが大切です。

 あわせて、当然精神的に不安であれば覚醒にバランスが傾きますから、純粋な精神加療も大切。カウンセリングで心の支援も必要になります。そののちに認知行動療法的なアプローチが有効でしょう。

 看護師は患者さんと関わる時間が優位に長いので、アドバンテージがあります。睡眠も含めた関わりを行い、「3分の2人的医療」ではなく「全人的医療」を目指していきましょう。