精神科看護「まごころ草とばいきん草」

精神科看護「まごころ草とばいきん草」

精神科看護に関する自分なりの覚書

WRAP集中クラスに参加してきました

去年もWRAP体験クラスに参加しましたが、今年もWRAPクラスに参加しました。
今回は2日間にかけての集中クラスで、途中休憩ありつつも10時から18時までが2回。なかなかじっくりとWRAPについて知ることが出来ました。

去年のWRAP体験クラスを受けてから、ねてるさんの本を参考にしつつ自分なりにWRAPを作ってみてはいたのですが・・・。なかなか一人では作れない。また、本だけではこれってどういうことなの?というものが分からなかったりしました。例えば、引き金と注意サインとの違いとか・・・。

道具箱は沢山出してみたけど、それをどこにどのような感じで割り振ればいいかもわからなかったし、ましてやクライシスプランなんて「???」でした。ねてるさんの本はまだ第1弾だったため、WRAPの概要とリカバリーコンセプトについては詳しく記載されていますが、具体的なプラン作成に関してはまだ書かれていませんでした。
(ちなみに今年中に第2弾が発売されるかもしれない、という噂を聞いています。楽しみです。)

今回、WRAP集中クラスに参加してみてすごく良かったです。おかげさまで自分のWRAPが一旦完成しました。修了証も発行してもらい、WRAPファシリテーターの道も開けてきました。もはやWRAPは自分にとっての生活の一部になっています。

 

前回のWRAP体験クラスの感想はこちら。

sakatie.hatenablog.com


またねてるさんの本についての感想はこちら。

sakatie.hatenablog.com

 

序文はここまで。これから、本題に入っていきます。

 

WRAP集中クラス一日目

20名弱の参加者と、3名のファシリテーター、1名のアドバンスドファシリテーターというなかなか豪華なメンバーで会は開かれました。

まず、午前ではこの二日間の会の基本的なルールの確認を全員で考えました。一言で言えば、ルールが無い事がルールなんですが、例えば床に座って講義を受けてもOKとか、タバコ休憩OKとか、飲食自由にOKとか、あとこの記事を書いて公開している根拠にもなるのですが内容のSNS等へのアップロードOKとか、様々に確認をしました。

この参加者全員で話し合って同意を得ていく過程というのが非常に心地よく、普段あまりグループワークは得意ではないんですが、心のゆとりを感じながら二日間が終わるまでクラスにゆったりと参加することが出来ました。ルール確認だけで1時間以上はかかっていたのですが、その後がすごくクラスの進行に抵抗を感じず、快適な空間で過ごすことができたため、その効果を強く実感。確認って大事ですね。

その後、残りの午前枠全てを使ってチェックインという作業を行いました。

これは、*準備が出来た人から*自己紹介を行うというものなのですが、この準備が出来た人から、というのがミソ。20名弱で一つの和を作って、誰かが話し始めるまでゆったりと待機。普段だとこういうのって私だと「早く話してくれないと、会が始まらないじゃないか!」ともやもやしてしまうことが多かったんですが、ルール確認にじっくりと時間を使って場作りをしている状態なので、もやもやすることなくゆったりと過ごすことができました。本当に、準備をして、話せる状態になった人から自然と自己紹介をしていました。

また、私はすぐに人の名前を覚えたり、特徴を覚えたりするのは得意ではないんですがこのチェックイン作業だけでおおよそ覚えることが出来ました。驚きです。

 

午後からはWRAPの本題に入っていきます。

 

”希望から始まります。”

 

「希望」「責任」「学び」「権利擁護」「サポート」という5つのリカバリーコンセプトについて丁寧に学んでいきます。それぞれグループワークの力を使いながら、一つ学んではグループで話し合いシェアを繰り返して、丁寧に着実に知っていきました。

リカバリーコンセプトについて詳しいことはねてるさんの著書をぜひ読んでください。非常にわかりやすく、実際的ですよ。

ちなみにそれぞれの*私の*感覚は、

「希望:でも大丈夫。(いい方に)向かっている。」

「責任:自分の行動に主軸を得るーちょっと待てよができる事ー」

「学び:知ることのみで満足しない。行動を大切に」

「権利擁護:自分のことをきちんと言う。説明する。知ってもらう努力。」

「サポート:いつもの世界(ないと感じている世界は嘘。視野が狭まってる証拠)」

という感じです。これは2017年8月現在の感覚ですから、また変わるかもしれません。変われる事もWRAPの権利ですから。

 

そんな感じで、休憩含む8時間でしたがあっという間に楽しく過ぎ去っていきました。

もちろんWRAPの作成に関わっていることなので、楽しいだけでは終わらず、結構脳に汗かく感じで疲れましたが、心地の良い疲労感というものでした。

宿題が出され、5つのキーコンセプトが回っている状態の「いい感じの自分」について考えてきてください、と出ました。 

 

WRAP集中クラス二日目

午前は、再度チェックインから始まりました。1時間くらいかけて、丁寧に。焦ることもなく、昨日に引き続いて*準備が出来た人から*でした。自己紹介に合わせて、昨日の宿題の提出です。「いい感じの自分」についても、発表して下さいとの事でした。

私の場合いい感じの自分は「ネガティブOK、指摘されてもOK」な感じの状態です。調子が悪くなるとこういった事柄に対してむっとしてしまったり、がっかりしてしまったりしてしまうんですが、調子が良い時は本当にすっと入ってきます。これがバロメーター。事実は事実ですから。事実が私を価値づけることはないんです。そう信じてます。

他の人は「自然と笑顔でいられるとき」「人と楽しく関われている時」などなど、様々な「いい感じの自分」について知る事が出来ました。

 

二日目は、初めは楽しく、後になるほどしんどくなってきます。なぜなら、今日はプランの作成だから。いい感じの自分を維持するための日常生活管理プランは楽しいんですけど、注意サインや引き金、調子が悪くなっている時、そしてクライシス。この辺りになるほど悪い感じの自分を見つめ、振り返り、表出し、手入れするわけです。侵襲的なのは仕方ありません。

 

この辺はWRAPの格子になる大事な部分なんで、少し説明も交えます。私はファシリテーターではないので、sakatie個人の解釈をただ言っているだけと思ってください。

 

WRAPは一日目の「5つのリカバリーコンセプト」をもとに、まずはたくさんの「道具箱」をとにかくリストアップしていきます。

例えば、私だと「HARIBOのグミの小袋を1袋食べる」「アンパンマンの映画(特にドーリィや勇気の花など)を見る」「時計のアラームを確認する」「スケジュール帳を確認する」「栗原類の事を考える」「井上涼の事を考える」といったことから、「トイレに行くなど都合をつけてその場を離れる」「早めのゴメンで立ち去る」「”しゃあないわ”って思ってなくても言う」「一人の時間を作る(1時間以上目安)」などなど、行動や考え方、人との接し方等、様々な物をリストアップしています。

だーっといくつか書いてますが、これが全てではありません。他にもあふれんばかりの道具箱が、普段の生活の中に眠っています。

WRAPのとっても大事なことのは、いい感じの自分を手助けしてくれるものは、日常生活の中に必ずヒントが見つかるという事です。また、それら道具箱について意識的に活用するという事です。ねてるさんの本にも記載がありますが、例えば「ラーメンを食べる」という道具箱。単に日常生活の一環として行っていれば生活です。意識すれば道具箱です。さらに、それをどのような時に活用するかを決定すればWRAPになります。もし、「ラーメンを食べる」という道具箱を毎日3食使っていれば、ちょっとやばそう。だけど、ここぞという時に使えばきっとあなたを助けてくれます。

リストアップした道具箱は、次の6つの中に分類して、日々使っていきます。

 

「日常生活管理プラン(毎日必要なこと/時々すると良いこと)」

「引き金」

「注意サイン」

「調子が悪くなってきている時」

「クライシスプラン」

「クライシスを脱したときのプラン」

 

・・・と。こんな感じがWRAPなのかなと思っています。

さてそういうわけで二日目は4人のグループに分かれ、道具箱を出しまくり、他のグループとシェアをしつつちょっとコメントを書き足したりしながら進行していきました。

クラスの中で「そっか!」と感じ持ち帰った事をちょっと述べていきます。

 

「日常生活管理プラン」の、(毎日必要なこと)

毎日必要なことはいっぱいあげず、2つ3つくらいまでにするといいみたいです。ただし、必ずすること。この道具箱を活用できていない時は何か調子が悪いと思っていいみたいです。

 

「日常生活プラン」の、(時々すると良いこと)

こっちは逆で、いっぱいだーっと書いていいみたい。やってみたいなーってことでもOK。リフレッシュ系と元気わく系とか、人によってはジャンル分けするとなおよし・・・かも?

 

「引き金」は、外側からやって来る嫌な刺激を指します。どういったことがいやな刺激でしょうか?

私の場合は「うるさい所に行く」「嫌なことを言われる」「慣れない仕事をする」などといった事が引き金になるようです。それに対しての行動プランは「トイレに行くなどその場を離れる」など。

「引き金」のポイントは外側からの刺激という点。それで道具箱の判別をします。

 

「注意サイン」は上記に対して、内側からの刺激。こういう状態はつらいなという*かすかな*サインです。

例えば「無表情になる」「冗談が通じない」「他罰的になる」「人と比較しだす」「小さな失敗が気になる」などなど・・・。次の調子が悪くなってきているときのサインまでにはいかないレベルの物です。まだ、いろいろ対処できそうな状態。

 

「調子が悪くなってきている時」は、注意サインよりさらに悪化。

ギリギリ。まさに倒れそう。イライラが収まらないとか、意見を全く受け入れられない状態とか。

そういう時の行動プラン、道具箱は1つのサインにつき1つの対処。指示的でわかりやすく、さっとできるもの。この状態の時に温泉に入るとか、「”しゃあないわ”って思ってなくてもいう」とかは効きません。もっと、とっておきの道具箱を使います。

 

「クライシスプラン」はもうだめです。倒れてます。

この時には自分では対処できません。だから、クライシスプランは自分を助けてくれる誰かが読んでわかるように客観的なものを書きます。あまり、無責任にあれこれ書くのはどうかと思うので参考サイトを載せますね。

wrap-jp.net

このサイトは日本にWRAPを持ち込んだ人のひとり(と思われる)が所属している、オフィス道具箱のサイトです。優しくWRAPについて書いてあるので、ぜひ参考にして下さい。

 

で、最後に「クライシスを脱した時のプラン」

かつてはこの段階は無かったそうなのですが、メアリーエレンさんがWRAPを広めている途中で不足を感じ、追加した段階となります。クライシスを脱した後、いきなり「いい感じの自分」に戻ることは出来ません。なぜならまだ回復しきっていないから。

だから、クライシスを脱したサイン、自分にすること(癒しなど)、サポーターにすることを準備します。また、直前までやっていた予定表や責任を持ってやっていた事柄、誰が変わりにやってくれていたか、徐々に責任を取り戻していくための手順を具体的に記載しておきます。

この段階があることで、クライシスを振り返ることができますし、「嫌な思い出」にしとかないですみます。また、自分をサポートしてくれている人をきちんとサポートしてくれたことを感謝することをきちんと順序立てて伝えることができるようになります。クライシス最中で感謝するのではなく、脱してから感謝。などなど。後から追加された段階の話なのでなかなか含蓄があります。

 

そういった形で、二日目は終了しました。そして最後に、また二時間近くかけてチェックアウトを行ないました。クラスを受ける前と後での気持ちの変化などを語らいました。はじめはチェックインでこうやってゆったりすることに少し抵抗を感じていたのが正直な感想でしたが、終わるころには何というか、不思議な一体感があり、誰もしゃべってない余白の時間も穏やかに過ごせました。これがWRAPクラスなんだな、と実感。

 

そんな感じでとてもとても有意義なクラスでした。

 

あと、単なるメモというか、つぶやきなのですが・・・ 

WRAPに参加するには、普段関わっている医療機関からの情報提供か、知人からのつてか、ホームページからの飛び込み参加くらいなのかなと思います。現在私が知っているWRAP関連のページは、WRAPの道具箱WRAPプロジェクトZくらいでして、他にも沢山あるようですが、良く分かりません。こう、誰でも編集できるWRAPwikiとかあればいいのにな・・・。

 

 

映画 ビューティフル・マインド 感想

 

ビューティフル・マインド [DVD]

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私が感想を述べるのはあまりに力不足な気もしますが・・・。良い作品と知っていながら今日に至るまでずっと避けて来ていました。きっと泣き崩れるだろうと思っていたからです。

観た感想は、やはり泣き崩れました。絶望と屈辱、すべてを失う激痛、そしてリカバリーが見事に描かれた作品でした。

 

この映画はゲーム理論ナッシュ均衡等を発表した数学者、ジョン・ナッシュ教授を題材に描かれた作品です。

映画では、大学院時代から統合失調症が発症しており、大学院時代の思い出、MITでの仕事のこと等、現実と妄想が入り乱れ、何が本当かわからなくなっていきます。

院生時代のクラスメイトがまさか妄想の産物だなんて、当の本人なら絶対に思い至りません。私が今こうやって精神科看護師として仕事をしていることや、学生時代のこと、家族のこと、その全てが妄想だったとしたら・・・。その絶望感と喪失感で立ち直れる自信はありません。

精神科医のローゼン博士の「もし君にとって、一番大事なもの、大切なものが、消えたのでも死んだのでもなく、最初から無かったとしたら、どんな苦しみだと思う?」という台詞は、決して忘れてはいけない一文です。

 

作品の展開は、序章は院生時代の幸せな、そして後にわかる偽りが描かれていきます。

次にMITへの就職。*秘密の仕事*のこと、ロシアのスパイに追われる恐怖が描かれていきます。

そして、大きく話の舵が転回。それまで1時間ほどで語られていたことのほとんどは幻覚・妄想であり、そして統合失調症であるという事実。被害妄想が高まり、目の前に突如現れた精神科医を殴り倒してしまいます。

そして拘束・加療。腕にチップが埋め込まれたはずだと思い込み、保護室のなか、自分自身で左手を掻き毟る。

安静・投薬だけでは治療の展開が見込めないと判断され、今は使われていないインスリンショック療法を行われる主人公。

ちなみにこのインシュリンショック療法は多量のインスリンを注射し、仮死状態にすることで無理やり統合失調症を治療するという信じられない荒療治でした。

その後、妻と生活をしながら内服治療を続けます。当時の治療では定型薬をガッツリと入れる治療で、副作用も当然出ます。そこから、夫として、男としての尊厳を失っていきます。家でただ座って、薬を飲んで、頭の回らない中せめてもの矜持としてリーマン予想に手を付けていますが、副作用の鎮静が強く、頭が回らない。子どもの世話もできず、家事もできず、何もできず・・・。あまりの苦痛に自然と拒薬という選択をしていきます。

そして再燃。地獄のような暗黒のシーンです。気持ちと感情と行動とが全く噛み合わない自分。愛する妻、子どもも傷つける危険があることを認識します。再度入院し、さらなるインスリンショック療法を進められる展開になっていきますが・・・。

 

「入院したくない。全く新しい方法で、自分で治療したい・・・。」悲痛な魂の叫びが出ます。それを、妻は、覚悟を決め受け入れます。

 

「もしかしたら夢から覚める方法を知っているのはここじゃないかも。(頭を指す)ここかも。(胸に手を当てる) 私はこれから、奇跡を起こることを信じて生きる。」

彼女の覚悟のあまりの高貴さと強さ、胸の内の痛みや恐怖に共感し、泣きました。あまりにも辛い。あまりにも尊い

 

ここから話はリカバリーに展開していきます。かつていた大学には、当時クラスメイトでライバルであった友人が学長となっている。妻の提案で大学に顔を出します。

社会の一員として生活していく。知った場所で知った人と定期的に付き合っていく。それによって頭のなかにいる架空の人物を置い出していく。その一心で、複雑な思いを抱くことが容易に想像されても大学に通い続けます。

はじめは思い描いたように生活することなんてできません。幻覚はあまりにも切実に誘惑してきます。架空の友人とその娘が触れ合いを求めてきます。*秘密の仕事*の黒服の男は主人公を煽ってきます。ほらみたことか、バカにされている。変人扱いされて。これがお前が求めていることなのか。「現実じゃない!!」と振りほどこうとします。その悲痛な叫びは奇異な行動として見られます。その葛藤、もがき、あがき、苦しみは筆舌に尽くしがたい。だけれどもその中でも、自分でこの新しい治療を選択したという主体性、覚悟、希望と妻や学長のサポート、そして自分から病気を持っていて奇異な振る舞いをすることがあるという自己擁護ができていることから、軸がぶれません。苦痛はあれども、更に深く深く現実に接近していきます。

 

架空のクラスメイトと娘に、「さようなら」と愛をもって別れを告げ、手放すシーン。世界とのつながりを感じる力強さ。泣きじゃくる娘をそっとなでる主人公。もちろん、幻視ですからそこに彼女はいません。架空の空間を撫でているだけです。それでも、心の中に感じていることも事実。

別れは伝えても、幻覚・妄想は消えず、ストレスを糧に主人公を煽ってきます。

 

数年経ったある日、図書館でいつものようにリーマン予想を解いていると話しかけてくる生徒がいました。心の余裕を得られてきた主人公はまるで普通のことのように語り合います。そして、ごく普通に生徒らと輪になって語る後ろ姿。

リカバリーが成されたことを知らせる場面です。

 

そして、年数を重ねるごとに学者としての評価がされ、ついにはゲーム理論ノーベル賞受賞と至ります。これは、実話です。

 

 

リカバリーとしてみる本作品も非常に素晴らしく、様々に書き連ねましたが、さらに秀逸なのは妻との関係の描き方だなと感じました。

病気の夫を抱える妻は、幼い娘を育てつつ、育児、家事と一人で全てをこなしていきます。夫は闘病中で、頼れません。闘病中と言っても、タバコをふかしつつ日がな一日リーマン予想を解いている、といいつつ算数程度の計算しかしていません。

少し状態がよさそうだから夕方、ゴミだしをお願いしてみると、この時間にはいないはずの清掃員と話してきたと言います。ヒヤリとします。症状が再燃したのか。・・・実際は、たまたま本当に清掃員がいただけでした。夫が笑い飛ばしてくれたからいいものの、笑えない。

寂しさを感じて夜の営みに誘うも、拒否され、背中を向けてしまう夫。ぼそりと「薬のせいなんだ」と。・・・なんともやるせない。夫をもの悲しい気持ちにさせたことと、自分に対する複雑な思いと。

症状が再燃しているときは更に精神的に追い詰められます。叫び、娘を抱えて逃げるしかない。

本作品はリカバリー志向に向かっていくからいいものの、それまでの間、妻の思いは筆舌に尽くしがたい。・・・。

生々しさは本当にすさまじかったです。ただただ苦痛でした。苦痛を感じさせるほど、真に迫っています。統合失調症についてや、その家族について、特に夫婦について想像することが難しい人は、一度見てください。多くを感じることが出来ることを保障します。

喜怒哀楽全ての感情を激しく揺さぶる、まさに至宝でした。