精神科看護「まごころ草とばいきん草」

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精神科看護に関する自分なりの覚書

中動態の世界 意思と責任の考古学(シリーズケアをひらく) 國分功一郎 感想

 

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)

 

シリーズケアをひらくから出ているので、読みやすい本かと思っていたら本格哲学書でした。さらに言語学的基礎体力も要求されて、中々にハードでした。すごく面白かったです。

どうも京大・東大の大学生協で上位2位ぐらいの売り上げを記録しているようですね。

  ちなみにすごい横道にそれますが、各大学生協での本の売り上げランキングが公開されています。やはり大学によって雰囲気が違いますね。

www.univcoop.or.jp

 

 

本著を簡単にまとめるよう試してみます。

 

「する」と「される」の、能動態と受動態だけでは説明できない事ってありますね。カツアゲとか。銃を突きつけられてお金を要求されたら、強制的にお金を出している点では受動的だけど、結果お金を出すというところに従った点は能動的。カツアゲされるのって能動なのか受動なのか・・・。

そこで「中動態」が出現。「中動態」はその行為がやった人に帰属する事を指していて、例えば彼は馬をつなぎから外す、という言葉。彼が、そのまま馬に乗って出かけるなら中動態。彼は召使で、主人に馬を渡すなら能動態になります。なぜなら、自分の為の行為ではないから。

行為の「する」「される」には責任や意思が絡んでいるけれども、中動態では行為の「自由」と「強制」の度合いが絡んできます。

こういった中動態という概念がわかると、今までなんとなく分かりえなかった部分が理解できるようになっていきます。例えば、「する」「される」に二分される理解は、常に責任の所在はどこか追及しているという事がわかります。中動態で理解出来れば、物事を責任がどうこうではなく、状態がどうこうで考えることができるようになります。

物事を理解したり人に伝えたりするには言語を使用します。しかしその言語もどこかバイアスがかかっているかもしれません。「する」「される」の二分される理解では責任の所在を明らかにする言語というバイアスがかかります。能動態と中動態というものさしは、「自由」と「強制」の度合いを測るサーチライトになり、それは責任という部分では照らされていなかった本質が眠っている部分を鮮やかに照らし、物事の理解を深めるかもしれません。

そこから臨床に発展させるとするなら、例えば介護する/介護されるという物事。これも中動態での解釈を導入すれば自由度と強制度の度合いで考えていくことは出来るんじゃないでしょうか。また、本著冒頭でもあったアディクション。確かにお酒を求めて呑んでしまったのは事実ですが、そうせざるを得なかった文脈を加味すれば、強制度の度合いが高かった(中動態に対しての能動的であった)のではないか?ならば、責任を追及する形や意思を強く持てという立ち位置は不適切なのが明らか。それを踏まえて、どうかかわっていくかを建設的に考えることが出来るようになる・・・。それが、中動態という概念の可能性ではないでしょうか。

 

(970文字)・・・という感じでしょうか。自分の力不足を痛感します。

もちろん本著は上記の私が書いた駄文なんかでは拾いきれないほど沢山の慧眼が光ってます。

能動態と受動態には突然意思が現れること。

中動態の起源をめぐり紀元前の古代ギリシャ哲学にまで遡りある発見をすること。

ハンナ・アレントを補助線に描く中動態の概念に意思と責任について。

ハイデガーの放下とは。

スピノザのあらわす自由について。

そして最後にビリーバッドを題材に今までの振り返り。

上の駄文ではなく、原著でしっかりと概念を理解するほうが確実です。ぜひ興味がわいた方は読んでみてください。

 

冒頭のほうですぐに明らかになっていく事実なんですが、意思というものはあるんだかないんだかあやふやなんですね。

1980年代の生理学者ベンジャミン・リベットが行った実験によると、被験者に好きなタイミングで手首を曲げてもらい、その際の脳の動きを電位変化を通じて観測するということを行った結果、人間が実際に行為する0.5秒前に脳は関連する活動を開始しているが、被験者が実際に行為をしようと思ったのは0.4秒前と、必ずずれが生じることが分かっています。

これはどういうことかというと、意思→脳伝達→行為と、意思が初めにあると思われていましたが、実験によって脳伝達→意思→行為と、意思を持つ前に既に脳伝達が始まっていることが分かったということです。私たちの持つ(と思っている)”意思”って何なんでしょうね。

そんな意思を持って何かを行ったかどうかを常に責任追及される言語、たまったもんじゃないです。意思という概念自体あやふやなうえ、意思は常に流動的です。変化を伴っているものであるから責任追及なんて難しい。でも、責任追及をしなければ社会が成り立たない。法によって私たちを律しているから、その必要がある。・・・そんな必要から駆られて「する」「される」という能動/受動は生まれたのかもしれませんね。

 

また、本著は題材の面白さももちろんですが、その論の運びが非常にわくわくさせる流れになっています。

例えば第1章では、問題提起から始まり、「する」「される」について考えていきます。その中で「する」と「される」の事柄には意思が介在していることが分かっていきます。そしてこの意思とは、構文によって現れてくることが明らかになっていきます。「私が自分の手をあげる」から、「私の手があがる」を引くとどうなるか。残るものは意思か、何もないのか。何もないはずの何かを思い描かずにいられないのか。そこから中動態に答えを求めていきます。かつてあった中動態。しかもそれは日常的に用いられている言語の中に存在していた。なぜそれは消えていったのか。中動態のある世界とはいかなるものか?

・・・と、こんな感じに展開していき、第2章に引き継がれていきます。この運びはまるでテレビの引きみたいで、分かりやすく煽ってきます。また助かるのが、必ず次章のはじめに、それまでの振り返りを簡単に乗せてもらえている点。繰り返し読むのにありがたいです。

 

この本を読むことによって臨床的にも、前出の通りする/されるにとどまらない考え方・捉え方が出来るようになりますし、直接的にもスピノザハイデガーなど哲学書を読む時の補助にもなっていきます。いつか読んでみてはどうでしょうか。

 

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)
 

 

看護研究についての自己学習ノートその5

続きです。

1)研究テーマ
2)研究の動機
3)研究の背景
4)目的
5)意義
6)研究方法
7)文献
8)作業計画

今回の記事でようやく終わると思います。長々と申し訳ありません。

 

テーマを決め、動機を振り返り、背景を知って目的と意義を見定めたならば、あとはどのようなツールを使って研究課題を明らかにしていくかということだけです。ゴールは近いですよ。

 

6)研究方法

研究には、大きく分けて2種類の方法があります。それが質的研究と量的研究です。

今までは説明のしやすさや理解のしやすさ、科学的妥当性の明らかな量的研究をベースとして説明していました。実は、質的研究という方法もありまして。これはその人の感情や信念など、数値化できようのないものを”そのまま”取り扱うという研究方法です。

質的研究の技法としては例えばKJ法エスノグラフィー、グラウンドデッドセオリー、解釈学的現象学的研究方法なんかが挙げられます。

学生時代一応勉強しまして、個人的にお勧めの著書としては

質的研究のための現象学入門 第2版: 対人支援の「意味」をわかりたい人へ

質的研究のための現象学入門 第2版: 対人支援の「意味」をわかりたい人へ

 

 なんかがいいんじゃないかなと思います。というか、逆に言うとこれくらいしかまだ読み込めてません。質的研究を目指すなら素質として、ヘーゲルフッサールハイデガーソシュールあたりの哲学書がある程度分かる人がいいんじゃないかなと思います。私にはまだまだ分かりません。もっか勉強中です。

ただ、楽しいですよね、質的研究。どんどんゲシュタルト崩壊していきます。意見の相違や解釈の違い、誤読、気分の変調、カテゴリ名に関する議論など、物事が全く進まなくなる研究、それが質的研究です。病院での教育ラダーで指名されてやる看護研究にはあんまりお勧めしません。私は好きですが。

 

それに対して分かりやすい答えが出るのが(出やすいのが)量的研究です。

統計学を勉強しないと尤度を高めることはできないのですが(もっともらしい数値を扱うことが出来ないのですが)、質的研究では哲学に倫理学言語学社会学文化人類学に・・・多岐にわたる勉強と素質が必要になってしまうので、こっちのほうが現実的です。

統計学!?と思われる方もいるかもしれませんが、そんな難しい統計の出ないアンケートを作ってしまえばいいんですよ。

ただ、「こんなけパーセンテージに差が出ました」だけでは、さすがに研究とはいえないので、少しだけ統計学、勉強しましょう。

マンガでわかる統計学

マンガでわかる統計学

 

 これ。最強の一冊です。200件以上のブログが紹介して、150人以上が購入されてますね。

今まで散々出していた看護における研究にも沢山統計の情報が載っていて、非常に役に立つんですが(しょっちゅう引っ張り出して参考にしてます)、苦手なものをたくさんの文章だけで理解するのは現実的ではない。

その点この本は漫画です。女子高生が統計学をゼロから学んで行くという設定の話なので難しい言葉が出てきたらその都度解説してくれたり、理解を省いたりしてくれるので助かります。そして一つ一つテーマが「ラーメン屋さん」「読者アンケート」「学校のテストの偏差値」などといった比較的身近な話が多く読みやすい。

読者想定として「卒論や仕事でデータ分析を行う必要のある方々」とあり、まさに私たちです。

更にすごいのは、この本を読めば単純集計表における比較検討はもちろんの事、t検定にまで理解が深まるので科学的根拠の高い看護研究が出来ます。アンケート調査も出来ます。物事の関連についても導き出すことが出来ます。ちょっとだけ難しい言葉を使えば、帰無仮説の理屈がわかり検定力の高い統計ができます。かなりイイ本です。

 

ということで、量的研究として、質問紙調査票(アンケート)を用いた量的研究(単純集計表による比較検討)なんかが看護研究の中でかなりやりやすい分野になるんじゃないかなと思います。アンケート調査でGoogle scholarで検索してみると、例えばこんな論文が出てきました。

CiNii 論文 -  告知を受けたがん患者の治療選択における看護師の役割に関する研究 : 患者へのアンケート調査より

この論文の分析方法はSPSSという統計ソフトを使用してはいますが、やっていることは単純集計による比較検討ですね。追加で自由記述のカテゴリ化と概念化をしていますが、ここでは触れません。SPSSというソフトですが、なくても大丈夫です。Excelで充分ですから、職場のパソコンとかでやれば行けます。

前述のマンガでわかる統計学を読んでさえいれば、この論文レベルの統計ならさらっと出来るようになります。かなり論文として体裁は整えられると思います。なので私は量的研究を推奨します。

 

7)文献

文献の使い方ですが、研究の背景でも触れたとおり、今まで同じような研究をしてきた方々が沢山います。そういった方々の論文は科学的妥当性の高い文章です。それに乗っかることが文献の使い方です。

例えば、

「看護師はしんどい仕事で大変という声をよく聞く」

という文章を、妥当性のある文章にするなら、CiNii 論文 -  看護職者の勤務条件と蓄積的疲労との関連についての調査のはじめに、より

交代制勤務等に伴う看護職者の疲労は、日常生活 や健康への身体的な影響だけでなく精神的な不安徴候 や労働意欲の低下となり(越河, 1975)、バーンアウト シンドロームや離職の一因となっている(稲岡他 , 1992)。

 というふうに、先行研究を一言にまとめて乗せていくことが必要になります。こうすることで、独りよがりの文章ではないんだということが明らかになるので、なるべくこういうふうに参考文献は足していって下さい。

具体的な手順としては、背景で「あ、これ考えが近いな、同じだな」と思った論文から言葉を借りてきて組み立てていくという流れになります。学生の頃、国語の授業で100字要約とかやりませんでしたか。あれと同じ要領と思ってもらえれば大丈夫です。

 

あと、最後の参考文献の載せ方にも、細かいことですがお作法があります。

いろんなやり方があるんですが、どのやり方でも文章の書き方には統一性をもたせることが前提になります。上記の看護職者の勤務条件と~の書き方では、

伊藤聖子 , 柿宇土敦子他(1989). 新人ナースの離職願 望とその要因 . 日本赤十字社幹部養成所紀要 , 5, 29- 42.

と、【著者名】【年度】【タイトル】【記載されている文献名】【何号】【ページ数】となっています。

もう一個上のがんの~だと、

葛 生 栄 二 郎 , 河 見 誠 :新 版 い の ち の 法 と倫 理 , 第 3 版 , 法律 文化社 , 東京 , 152, 2003 .

と、【著者名】【タイトル】【記載されている文献名と出版社】【ページ数】【年度】となっています。参考までに。

 

8)作業計画

もう最初のほうに書いてましたね。おさらいとしてですが、計画は大まかでもいいので必ず立てて下さい。必ず後で空中分解する羽目になるので。計画が立ってさえいればどの程度空中分解しているかが分かるし、時間の逆算も出来るので、さくっと。

だいたい私の経験だと【テーマ決めと予備調査】で2ヶ月、【計画書作成】で1ヶ月、【倫理委員会申請】に1ヶ月、【アンケート作成】で2ヶ月、【研究介入】で1ヶ月、【集計・統計処理】で2ヶ月、【考察】で2-3ヶ月、という感じでした。まるまる1年くらいかかりますね。テーマ決めと予備調査にも時間はかかりますが、特にこのアンケート作成と考察がめちゃくちゃ時間かかりますし、時間をかけないと意味がないです。私たちは看護職員として日々業務に携わっています。それに追加で看護研究を行うので、無理のない、余裕のあるスケジュールを建てることが必須です。

ということで、なるべく余裕を持って早めに動くことが、後でしんどいことにならないためのポイントです。

 

全5回とくどくどとやってきましたがこれで終わりです。このノートは誰かの役に立つのだろうか・・・?私で力になれるようなことがあればなんでも言ってくださいね。