精神科看護「まごころ草とばいきん草」

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精神科看護に関する自分なりの覚書

春日武彦 援助者必携 はじめての精神科 第2版 感想

 

はじめての精神科―援助者必携

はじめての精神科―援助者必携

 

  

春日先生は個人的に、精神科界の筒井康隆氏と思ってます。軽妙な文章ながらウィットで毒を孕んでおり、クスッと来たり、グサッと来たり。
「ロマンティックな狂気は存在するのか」や、「屋根裏に誰かいるんですよ」など、なかなか面白いタイトルの本が多く、また内容も非日常的な(援助者的には日常ですが)、個性の強い人の話が紹介されており、ふむふむと読める内容となっています。
 
さて、本著は名著として有名な一冊になります。対象は援助者ということで、コメディカルを想定しています。本著の進み方は、
1章に、「基本の基本を検討する」「家族と地域に関するいくつかの事柄」「しんどくならないための2つのヒント」と、3つの基本的なかかわり方や心構えを踏まえ、
2章に、「統合失調症」「うつ病」「認知症」「パーソナリティ障害」「アルコール依存症」「ストレス・不安・怒り」と、各項目と話が展開していきます。ここまででおよそ150項。
3章は、「恨まれる、ということ」「我々自身の怒り、くやしさ、不快感」「責任感と義侠心」「『困っている』とは言うけれど」と、実例を取り上げつつ、私たち援助者が受けるネガティブな感情であったり、自然と湧き上がる陰性感情であったり、ややこしくなりがちな気持ちや考え方についてわかりやすく展開されていきます。
4章では「電話相談」に10項ほどページが割かれます。そして最後に第5章ではQ&Aということで、38の質問設定に返答する形で、本著を振り返られています。
 
おおよそ上記の展開で進んでいきます。が、教科書的ではないのが春日先生の面白い所。全体的にざっくりと切れ味の良い、割り切った表現が続きます。
2版にあたって、という前文でも、

(前略)とはいうものの、いまだに統合失調症の正体はつかめず、認知症領域で画期的な薬剤は登場せず、うつ状態だか適応障害だが“わがまま”なのかわからない中途半端なケースが激増し、パーソナリティ障害者は権利意識や「お客様」意識や個人情報保護法などを「燃料」にしてますます毒々しさを強めつつある。援助者としての我々のしごとはちっともの楽にはならず、むしろより厄介で戸惑う事例が増えつつある。

と、有り体に表現されており、個人的にかなりツボです。
 
本著は人間観として5つの補助線を提案されていてわかりやすく対象理解を出来るようにガイドされたり、「経験を積むということはどういうことか」などといった臨床でよく当たる壁にも多く提言されており、非常に学びが深まります。
本の袖には「カスガ先生、これならやっていけそうです。(中略)医師、看護師、保健師、ケアマネージャー、ヘルパー必携『困る前』と『困った後』の二度効きます。」なんて書かれています。確かにそうだなあと思える内容ですし、また文章の軽くて深い具合を巧みに表現されてるなあと感じます。
 
私が特に本著で紹介しておきたい箇所は「パーソナリティ障害」の部分です。
境界性パーソナリティ障害者とどうつきあったらよいのか
一般に、BPDは若い女性に多いと言われる。だが男性も決して少なくない。若者たちがロックスターの破滅的な生き方に共感したりすることは珍しくないが、そうしたノー・フューチャーな生き方には既に述べたような「BPD的な激しさ、極端さ、反社会性」の要素がちりばめられているものである。迷惑ではあるが、少なくとも才能があってルックスがよければ、こうした性向の人々はかえって魅力が際立つこともありそうに思われる。
薬など使っても治るはずがない。精神療法といっても、長期間治療関係を継続させること自体がむずかしい。医者のほうも、さんざん手を焼かされたり振り回されて、たいていはうんざりしてしまう。ではかれらは一生どうにもならないのか?
 やはり「若さ」というファクターが大きく関与しているのである。歳を経ればエネルギーも衰えてくる。経験から学ぶことは少なくとも、極端さはさすがに影をひそめてくる。かれらは両親とのあいだに激しい憎悪やトラブルを介在させることが多いが、そうした事情も時間が解決してくれる部分は大きい(両親の寿命が尽きるといった事態も含めて)。したがって長期的にはあんがいなんとか収まりがついてしまうのだけれども、当面はどうにもならなくて周囲が頭を抱えてしまうことが多い。
と、述べられています。私は経験不足なので充分実感を持っては理解できないのですが、そうなんだろうなあと強く感じます。
 
また、それを踏まえて付き合い方のポイントとして、
1、義侠心は起こさない。
2、つかず離れず。
3、ドライかつソフトに。
4、仲間と情報交換を。
5、うろたえない。
と述べています。「思いやり」や「親切さ」と、「けじめ」や「ルール」とを混同することは絶対に避けること。とポイントを指摘しています。
 
私も経験上、BPDの人はこちらが言ったことを拡大解釈したり、恣意的に捻じ曲げたり、ないことをあると言ったりすることがありました。その為発言には気を使う必要があります。春日先生も指摘しているように、ドライかつソフトに。事実を淡々と、判断の悩むグレーゾーンは伝えないことが基本かと思います。
私も精神科に来て間もないころ、よくわからず、振り回され、「前回はそうしてもらったよ」と事実無根のことを言われて、そうなのかな、と一人で悩んでしまったことがあります。結果的に相手の意見をそのまま許容してしまい、それによって妙に気に入られてしまい、私がしんどい思いをしてしまいました。決して、一人で抱えず、チームで関わることを前提としないといけませんね。
BPDの人は、相手を操作することがあり、人によって印象が変わります。なので、チームで印象の違いについて話し合うことも、その人との関わりを可能にする一つの手段と述べられています。春日先生はBPDに関する指摘が非常に明確かつ臨床に即した表現が多いため、BPDで悩んだ際にはぜひ紐解いて欲しい書籍です。教科書的ではない、実際の対応の一例が学べます。
 
BPDの基本は見捨てられ不安にあり、それを武器に様々に振り回していきます。
時にプライベートなことを聞いてくることもあると思います。その際には毅然と、「けじめ」があることを伝え、教えたくなければ教えないことを原則にしていいと述べられています。教えない事で相手が揺れることもあると思いますが、それでも、教えないことが原則です。
プライベートな情報を教えることで生ずる関係性は、最終的には介護者が仕事とは別に一肌脱いであげることを期待されかねない。そこまでしてあげる覚悟と余裕があるのならいざしらず、そうでなかったら、むしろ「なんでも期待に沿えるとは限らない」ことをさりげなく教える良いチャンスなのである。そのあたりをわきまえておかないと、相手は介護の専門家をたんなる「親切オジサン、親切オバサン」と取り違えて接してくることになるだろう。
また、ほんとに軽い類の事で強い不満を覚えることがあり、今度は今までに得たプライベートなわたしの情報を悪用する可能性が出てくる、とも指摘されている通りです。ちょっと対応が違ったとか、虫の居所が悪いとか、すぐに被害感を募らせて攻撃的になります。そのため社交辞令的な、一般社会人的な関わりとは一線を画する必要があることが指摘されています。非常にわかりやすい名文です。
 
そのほか、BPDの事はもちろんのこと、Sや認知症、うつなども非常にわかりやすくとっつきやすく、現場に即した「すぐ使える」知識ばかりです。精神科をこれから学ぶ人にはぜひ手に取って欲しいと思います。個人的な感想ですが、大抵の医療書があるような本屋には取り扱いがあります。ジュンク堂なら間違いなくおいてると思います。それほど定番の本なので、未読の方はぜひどうぞ。ちょっとくだけて、毒のある文章なので(それこそ筒井康隆みたいな)、好みはあるかもしれませんが、ツボの人にはたまらないと思います。
 
本著は201112月に第2版として出版されて、私が持っているのは第4刷です。もちろん今でも第一線で活用できる知識ばかりです。ですがそろそろ、第3版なんていかがでしょう?先生の軽妙な文章で自閉症スペクトラムの事やII型の双極性障害なんて読んでみたいです。期待して待ってます。