精神科看護「まごころ草とばいきん草」

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精神科看護に関する自分なりの覚書

こころの医療 宅配便 高木俊介 感想

 

こころの医療 宅配便

こころの医療 宅配便

 

 

文藝春秋から出版されてますが、京都大学出身の精神科医である高木俊介医師の、ACT-Kについての本です。読み物として読んで面白いように書かれていますが、読み応えもあり面白い本でした。

 

ACT-Kとは、ざっくばらんに言うと精神科在宅ケアということになります。24時間体制で、往診と訪問看護もろもろで統合失調症の方の生活を支えていくという形になります。訪問看護と大きく違う点は、法で定められている訪問以上に訪問を行っている点で、無償の訪問があり得るということです。また、24時間体制でいつでも電話相談と、必要に応じて訪問を行うことがあるとあり、より利用者に密着したものとなっています。

ともすると、志の高いスタッフが多くなり、そうなるとバーンアウトが心配です。その対策として、1スタッフ10名までの受け持ちと訪問看護と比較すると少なめの人数配置で対応していますし、枠組みを外れる動きも電話相談一つで許されています。例えば本の中で紹介されているものですと、タケシさん(仮名)の初回訪問に行くと、地域の住民が意を決した様子で待ち構えています。スタッフのIさんは長に連絡し「次からタケシ君とこ行くとき、ご近所さんにも寄っていくようにしますわ。あの人ら、ガス抜きが必要ですねん。時間かかりますんでよろしく」と気軽に言って、そしてそれが出来るように調整してもらえます。

なんと柔軟な対応でしょう。病棟では想像できません。

 

そんな、ACT-Kの活動を上記の例のようにどんどこ紹介されている本で、非常に面白いです。また、個人的な話ですが舞台が京都市内のお話なので、やれ東大路がどうとか、川端がどうとか、少し学生時代を思い出せるような話題が多く、面白かったです。

 

さて、そんな文だけで終わらせてしまっては本当に感想になるので、もう少し述べて行きます。

 

高木医師は京都大学を出た後、精神障害者を地域に生活させることを目標に、先進的といわれる大阪府下の私立病院で10年働くなどしていきます。そのなかで従来の管理的な治療態度から、治療同盟的な発想に転換していきます。そして時代はバザリア法制定と、アメリカでの大規模精神病院の解体と迫っていきます。一方日本では、宇都宮病院でのリンチ事件、管理的な治療。ポチと呼ばれる患者の存在・・・。(これ、箕面ヶ岡病院事件の話で、実在だったんですね。驚きました。)

アメリカで、Assertive Community Treatmentの活動があると知り、日本でも導入できないかと考えます。2000年当時、ようやく精神科訪問診療と精神間訪問看護が動き出してきた時代。この診療報酬制度とNPO法人とのあわせ技で、ACT-Kが導入され、そして今全国規模に広がっていっています。

 

なぜ、高木医師は存在しなかった体制を立てていったんでしょうか。どんな思い、考えがあってそのような険しい道を進んだのでしょうか。

 

病院で勤務しながら分かったことは、日本の精神科医療費はもとから少ない。その少ない中なんとかやっていくには、人を少なく配置するほかない。そうすると結局のところ、管理的な業務を行うほかない。その結果、退院できず、平均300日以上の入院となり、30万床の病床数と膨れ上がった現実。

それと同時に、精神分裂病の人の人間に触れていきます。部屋中に花を飾り(一部は腐り異臭を放っている)、その中にすわり「シッシッシッシ・・・」と笑う老婆。「僕が世界を救う!」と筋骨隆々に鍛え上げた青年。歴代の教授と愛人関係であるという妄想を抱えつつも、どこか気品を感じさせる女性。

それぞれの人間の歴史、人生、背景を考えます。

病気=終わりではありません。数学者のジョン・ナッシュ氏は統合失調症を発症しましたが、ノーベル賞を受賞するまでに至っています。また、ロダンの弟子カミーユ・クローデル氏は被害妄想に振り回されながらもオリジナリティのある卓越した作品を作っています。

精神病を発症したからと言って、一生を病院で終える時代は終わった。

制度改革がはじまり、「制度の闇」がようやく転換期に差し掛かろうとしている。

もうこれ以上、閉じ込めてはいけないのだ。

その課題に筆者は立ち上がります。

 

元々統合失調症は、精神分裂病と呼ばれていました。その名称を変える運動を行ったのも、筆者です。クレペリンーブロイラー症候群、スキゾフレニア病、そして統合失調症と候補があげられ、投票によって選ばれました。統合失調症という名称も筆者が考案したものです。「決して精神が分裂しているわけではない」と。

便所をトイレと名称変更したからと言って、その匂いが変わるわけではない、とあります。確かに病気があるという事実はその通りです、ですが言葉にとらわれることはなくなります。

 

そして、ACT-K創設とつながり、記事冒頭の話となります。

 

かつてイギリスのジュリアン・ハッククレーという学者が、統合失調症の遺伝について次のような疑問を提出した。「遺伝する病気は、それが若いときに発症するものであれば結婚のチャンスが減るので、病気の数は減っていくはずだ。しかし、統合失調症はそのような病気であるのに、発病の数がまったく減らないのはどうしてなのか」

この問いに対して、日本を代表する統合失調症の治療者である中井久夫が次のような答えを出している。すなわち「統合失調症の遺伝的素質を持った人は、異性の獲得に有利な要素を持っているのではないか」というのである。(中井久雄著『分裂病と人類』東京大学出版会館、一九八二年)。

これはとても夢のある、魅力的な回答だ。統合失調症の遺伝子は、異性を惹きつけるような繊細さや神秘性といった、人びとの幸せにとって欠くことのできない要素と関連しているのかもしれない。

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京都新聞福祉事業部の記事でも、筆者とACT-Kについての文章がありますので、あわせてどうぞ。

この人と話そう/高木俊介さん