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精神看護「まごころ草とばいきん草」

精神看護に関する自分なりの覚書

フィッシュ!の導入と実践ガイド 感想

いまさらながら、看護の世界で一時期ブームになっていたフィッシュ!の慈恵会の本を読みました。
本としては軽い読み物で、慈恵会にフィッシュ!が取り入れられる経緯と、副部長や師長、院長など各立場の人のコメントが載せられているほどのものです。
なので一時間もあれば十分読めるものでした。

導入と実践ガイドと銘打ってますが、すこしそれは言いすぎかなと思います。もちろん先駆者の本として出典元になるという価値もありますし、有意義なことなのですが、即使えるかというと・・・それぞれの立場からの思惑が散見され、言い方を選べばナラティブな本だなという感じです。

アマゾンで買いまして。発売されてから随分経ったので何刷かされてるかと思いましたが一刷でした。
ブームにはなりましたが、不思議な現象ですね。みんな原著にあたったのでしょうか。それとも、慈恵会の講義をもとに進めたのでしょうか。

良い点としては、フィッシュ!哲学を周知することができた点、各役職の思惑が読めた点、実際の行動化としてのフィッシュ!の様子などがしれた点が挙げられると思います。

反対に悪い点としては、フィッシュ!があくまでも管理者目線であること、活動に倫理と道徳を考えているのかどうか疑問が出たこと、自主性の尊重と唄いつつも非協力者への配慮のないことが挙げられると思います。

特に個人的に嫌だなあ、と思ったフィッシュ!活動として、新人看護師の親に対し、仕事近況を事細かに綴った手紙を出したという活動がありました。
あくまでも個人的に嫌だなと思っているだけで、その新人看護師と職場でラポールが取れていれば構わないのですが。
世の中には親が実害のある場合もあると思うんですが、配慮はあったのでしょうか。→毒親という概念の配慮が心配です。

表面的にフィッシュ!哲学を導入するとなると、こういった善意の押し付けが横行するのではないかと危惧してしまいます。

また、季節に伴った病棟の飾り付けというのも、これが自然とやりたいという気持ちからやっているのであればいいのですが、半ば義務感でやっていたり、そういうものだから、と習慣でやっていては単なる業務に成り下がるのではないかと思います。
あくまでも自主的に、やりたいから、そしてそれがフィッシュ!哲学に則っていて快の行動であるから意味があるのではないかなと思います。

批判ばかりではいけませんね。
実際のところ、私の前の職場でも導入されまして。
ぶっちゃけ鼻から形骸化した感じでした。ただサンキューカード制度はわりと回っていて、ありがとうを見える化してボードに貼っていくことは、手間もほとんどかかりませんし、自主的にすることですから結構職場でも評判が良かったです。
ただやはりフィッシュ!哲学自体をきちんと伝えられずの導入だったので、フィッシュ!=サンキューカード、となっていました。

今の職場ではまだ導入されてません。精神科ならではかもしれませんが、一般と比較してわりと普通にフィッシュ!哲学的な考えははじめからあったように思います。
臨機応変に対応しますし、よい患者対応のためには自分自身もよい精神状態である必要がある、と言う考えから、なんでも話しやすい、頼りやすい環境にあると思います。
ただそれを自然発生的にそのままにすると消滅する可能性もありますから、技法として、ベースアップとして導入することも無意味ではないのかなともお持っています。

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2017年になりました。去年は一般科を経由して、やっと目的の精神科看護師になることができました。私の看護の芽生えはこの科にありましたから、15年来の目標達成です。業務もある程度の水準には来たと思います。
学びをブログに記載し、表現することも始めることができました。

今年は去年以上に学びを深め、それをブログなどにも表現し、自分の中だけに留めないようにしたいと思います。
また、2年目の精神看護師として恥じない活躍をしたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。