精神看護「まごころ草とばいきん草」

精神看護に関する自分なりの覚書

精神科領域にある法と人権について1

精神看護と言うのはなんだかややこしく、身体科と違って患者さん・利用者さんだけを考えているわけではないようです。
家族のことはもちろん考えています。それだけではなく、治安や地域の安全といった、公衆衛生的な考え方も取り入れられ考えられています。そのことは、法律に定められています。

その人個人の人権や健康と、それとは別に地域の安全や治安を守っているのが、精神看護という世界なのかもしれません。

講習の中で、「看」という字を使用されている仕事は2つあると言われました。1つはもちろん「看護師」です。それともうひとつは、「看守」です。
ですが私たちは看守ではありません。看護師です。愛護的な、慈愛的な振る舞いが必要なのだと思います。「人を殺したくなる」と言われてしまうと、正直な気持ちとして、難しいと感じてしまうのは事実ですが・・・。

精神保健福祉に関する法律の変遷は、日本の場合1900年(明治33年)に精神病者監護法が定められ、1919年(大正8年)に精神病院法が定められ、そこから始まっています。

授業で習っているため周知の通りとは思いますが、1900年ごろの精神病患者の実態は、社会防衛思想の強い「私宅監置」を中心とした立法でした。
平たく言えば、座敷牢を作り、それぞれの扶養者が維持しなさいという法律です。手塚治虫の「奇子」みたいな世界ですね。
細かい規定としては
・監護義務者に関する規定
・私宅や病院の監置では医師の診断書を添え、警察署を経て地方長官の許可を得る必要(国が精神疾患者をリスト化して管理するということですね)
・行政官庁に監置の監督権限
・監護の費用は被監護者の負担。被監護者に能力がないときは扶養義務者の負担

というような内容です。
当時の精神科の権威、呉 秀三先生は
『我邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の他に、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし』
なんておっしゃったそうですね。悲しい現実でした。
1919年の精神病院法も、私宅から病院に移しましょうという話でしたが第1次世界大戦の兼ね合いで公立病院はいまいち増えませんでした。

続きます。